2011/12
7

先日汎マイム工房「ソロマイムギャラリー」を見てきました。お目当ては、あらい汎さんとヨネヤマママコさん。
バントマイムは学生の頃に三年程習った事があります。その時の先生(太田順造先生)との出逢いはその後のダンス人生の価値観を変える程の大きな出来事でした。あそこで出逢わなかったら、pappaにも入っていなかったかもしれません。
公演は素晴らしかったです。汎さん65歳。ママコさん、75歳。バントマイムで私が好きなのは、しぐさに心を見る時です。繰り返しの動作は時間の経過を感じさせます。もちろん舞台ですから、ものの何分も経ってはいません。
同じ事の繰り返しは必ずしも全て同じにはなりません。少しづつ、少しづつ何かが変わり、削られ、失われ、別なものに変わります。そして、最初に何を見ていたのかを忘れ、目の前にいつの間にか現れた、何がをただみつめるのです。
この時間の経過。しぐさの変化。記憶の変化が、己を全く別のばしょへと運ぶ感覚。ああ、私の原点はここに生きていたのか。そんな事を感じさせてくれる舞台。
 
誰もができる事ではない。歴史を孕んだ身体は美しい。なるべく長く、踊ってもらえたらと思う。

2011/8
27

熊谷有梨バレエクラス10年ぐらい前にこちらのお教室で、振付の仕事をいただいてから、毎年発表会を観に行っています。

今年も無事に観にいけました。
新しい子たちも入ってきていて、若い世代(多分中学生ぐらい)の子たちがぐんと実力をつけてきていました。
当時中学生ぐらいだった子たちはもう、助教授として先生の片腕を担ってるのですから、凄いことです。

中学生ぐらいは技術は未熟ながらも自由奔放な表現力はまばゆいほどです。
でも、いつしかこれを失ってしまうんだよな。(悲しい事です。何がが大人になってしまうんですよね。)このピュアさを大人の表現に結びつけて行ける人は本当に少ない。

でも、それは大人になってくると表現の場所がなくなってくるというのも一つの理由ではないかと思う。

日本ではプロのダンサーといってもほとんど就職口などと言えるものはない。踊り続けられる環境を持つ事は本当に至難の技だ。
では、海外はどうかというと職業ダンサーが中身のない作品を踊って、給料貰ってるなんてカンパニーだってたくさんある。ダンサーとしての意識を持続出来るのかといえば、よっぽど芸術監督のしっかりしたカンパニーを選ばない限り、難しいだろう。

ああ、なんかもったいない。
何とか、こういった才能が開花される場所作りができないものなのだろうか?

まあ、私も来年からフリーランスなダンサーなので、人の就職心配してる場合じゃないんだけどね。でも、そういう場を作る仕事もしたいなあなんて思ったりする。

2011/5
21

今日は知り合いのお教室の発表会を見てきました。小さなこどもたちが綺麗な衣装をつけて踊るのは本当にかわいらしい。
そう思いながらも、一方で踊りを教えるってどういうことなのかなあ。なんて考えてしまいました。(まあ、これは発表会の本編とは関係なく最近自分の頭の中でもやもやしていることなので、見ながらぼーっとつい考えてしまうのです。)

日本のバレエのシステムと欧米のバレエのシステムはまったく違います。日本では9歳、10歳ぐらいからトウシューズを履かせることが多いのですが、欧米では14歳ぐらいが普通です。発表会というシステムもコンクールというシステムもこんなに多い国はもしかしたら日本だけかもしれません。

{みんながやってるからやりたい。」

いい、悪いではなくて日本ではとかく見受けられる現象のような気がします。しかしながらこれ、向き、不向きがあるんですね。身体的な素養もあるけど、精神的な素養のほうが大きいように私は思います。
欧米諸国が14歳ぐらいから履かせるのには理由があります。トウシューズって結構危険な靴なんです。身体の成長と技術の熟練具合を考えるとこの年齢より早いのは負担がかかるという研究結果がはっきりでているんです。でも、みんな履いてるし、9歳、10歳でも大丈夫なんじゃない?もうこれは原子力の問題とも似通っていて「ただちに健康被害があるわけではない」のです。原子力の近くに住んでいてもがんになる人とならない人がいるのと同じなの。9歳から履いてても、外反母趾になる人もいれば、ならない人もいる。O脚になる子もいればならない子もいる。でも、履かせたら確実に外反母趾になる、O脚になる足を持っている子もいるのです。

でも、履かせないと「同級生より自分が劣っている」という気持ちになって続けられなくなるんですね。なんか、もっと楽しく自分にあった方法でダンスを楽しんでもらいたいのにな。プロになることだけが目的じゃなくてもダンスは楽しむことができる。そして、12歳から履き始めても9歳から履いている子より上手に踊る子はいくらでもいる。身体の成長も心の成長も人それぞれ。そこに優劣を感じてほしくはないのだけれど。だって、髪が伸びるのが遅くても優劣感じないでしょ?それぐらいの「違い」として「個性」として捕らえてくれたなら、もっと自分の身体を大事に。楽しく。可能性を信じて、愛してあげることができるのではないか?

そーんなことを不謹慎な私は発表会観ながら、考えていたのでした。

2011/3
26

渡邊奈央さんのチャリティライブへ行ってきました。
村田先生と奈央さんが主催している手作りのライブです。村田先生の被災者の方へむけて何かやりたいという気持ちに奈央さんもスタジオのみんなも賛同して開催された手作りのライブです。

いつものスタジオをちょっと飾りつけて、電子ピアノを置いただけの簡素なものですが、みんなの心がいっぱい詰まっているので、とても素敵なライブになりました。子どもたちも会場整理なんかも手伝ってくれて、「靴袋をはいて、そのままおあがりください」とか「義捐金箱はこちらです」とか、普段レッスンではおとなしい子たちが積極的に働いている姿になんだかすごくたくましさを感じました。
会場には障害のある方もいらしていたのですが、その方たちの席の確保や観客誘導もすばらしい!(お客様もみんなとても協力的に動いてくださいました。

奈央さんの歌声は本当に素敵で歌詞は自分が感動をうけたものに曲をつけたというものが今日のレパートリーでは多かったみたいです。
歌声と心が本当にマッチしていて、心にとても素直に入ってきます。素直な歌声はそれだけで心の扉を開くような気がします。
30分という時間が本当にあっという間で、聞き入っているほんのわすかの時間ですが、自分の心を開放することができました。日常のさまざまなことが、自分の中で抽象化され素直な「想い」としてうけとめることができる。

「歌が心を癒すということはこういうことか」

と、自分の中で何かが「すとん」と落ちました。
奈央さんは今週だけで3回もレッスン前にスタジオに足を運んでくれて、今日これなかったお友達にも奈央さんの歌を聞かせてくれました。心が少し軽くなったいい時間をもらいました。ありがとうございます。

charity
本日集まった義捐金は子どもたちと村田先生で郵便局から日本赤十字社へ早速送られました!!

ご来場くださったみなさま本当にありがとうございました。

2011/2
26

日本音楽高等学校の卒業公演を観に行きました。音楽コース、幼児教育コース、バレエコースとあるようです。
学校は小規模ながら、教育には熱心に取り組んでいるさまがなんとなく感じ取れました。少人数の学校は心のケアまでできるからいいですね。バレエコースの子達はとても上手で、この学校の花形でもあるのじゃないかしら?
きっと、学校以外にもお教室に通ったりしながら、3年間をバレエ三昧ですごしたのだろうなあ。と勝手に想像しながら見ていました。
かくいう私も高校生のころはバレエ三昧の日々でした。高校は普通科に通っていたものの、塾にもいかず、バレエにいくまでの数時間を学校の図書館で勉強したり、部活に励んでいた絵にかいたような青春時代。

でも、観ながら少し考えました。卒業した彼女たちはどこへ行くのだろう?バレエ団にいく子もいるのだろうけれど、みんながみんな行けるわけではないし、ましてバレエダンサーになっても舞台で生活するなんぞ日本では本当に無理。
かくいう私も日本でバレエを教えながら、彼女たちの行く末をやはり案じてしまったりします。
日本にももっとアーティストが生活できる環境を整えなくてはいけません。アートは確実に生活を心を豊かにします。人間を形成するのにとても役にたつと思うのですが、目にみえるものでもないし、こうやればこうなるという道筋がはっきりしているものでもありません。
でも、考えていかないといけない問題のような気がします。

公演を観終わってから田町へレッスンに行きました。飛び込みで入ったワークショップは「CATS」のレパートリークラスでした。
教えてくれたルーシーはNYでのCATSでイザベラ役を踊っていたベテラン。ものすごく、明るいキャラで(当たり前だけど)声がとてもきれい。最初のウォーミングアップは彼女の歌でバーレッスン。でも、なんか気持ちいい。

彼女のプロフィールはというといくつものバレエ団でプリンシバルを踊った後に、ミュージカルでワールドツアー。今はバレエ学校での指導やミュージカルの指導。ダンスミストレスなんかもやっています。
日本もダンサーと教師だけでなくて、いろんな方面にダンサーの活躍の場があるといいのに。何とか、もっと社会にダンスを広めていきたいなあ。

2011/2
20

アンセックス•ミー•ヒアを横浜のbank Art NYKホールに観にいって来ました。
演出の平松さんとはもう10年近いつき合いになるでしょうか?私も彼女の作品に二度程でた事があります。

マクベスを題材にした80分ほどの作品です。性の問題とか、ファッションの問題とか、未来を予言する事だったりとかが、いろいろな要素で繋ぎあってマクベスを演じていきます。

女性演出家らしい生々しさを嫌う人もいるだろうなとも思いましたが、私は好きです。身体にウソがないところが私は好きなんだろうなと思います。
お話しはマクベスを題材にしながらも、支離滅裂に感じる人もいるかもしれません。ストーリーを追うと訳が分からなくなります。感性で繋がないとマクベスの倒錯した世界は描けないでしょう。「森が動く」「女の股ぐらから産まれたものに、マクベスは滅ぼせない」誰もが信じている価値観は脆くも崩れ、瞬く間にマクベスは滅ぼされる。それを現代の問題と絡ませながら「人の危うさ」を感じさせる手法に私は「やるね〜!」とニヤつきながら観てしまいました。

21日までやっています。
興味のある方は是非自分の目で確かめてみてください。

Ms.NO TONE Theater Company
http://notone.taf.co.jp

2010/6
9

ピナバウシュとブッパダール舞踊団の公演を観に行った。演目は「私と踊って」ビデオで少し観た事があるので、一度観たいと思っていた作品だ。

幕前、1人の男が扉の向こうをドア越しに覗いているシーンからはじまる。ドアの向こうに動く絵画を観ているような。なんだろう?マチスのダンスという絵画をちょっと連想させる。
男と女。ピナの愛の世界である。彼女の作品には愛が散りばめられている。

彼女の作品を観るのは2度目。でも最初に観た「山の上で叫び声が聞こえる」は正直ピンとこなかった。私が幼かったからなのかもしれない。

観ながら、むかしテレビのインタビューで「どうして、ダンサーにハイヒールを履かせるのですか?」という質問に「だって、きれいでしょ」というような事を言っていたのを思い出した。

美意識という言葉に代表されるようなあらゆる美しさが描かれている。善とか悪とかいう事ではない。ただ、そこに存在するという美しさ。

孤独は美しい。
悲しみは美しい。
嫉妬は美しい。
欲求は美しい。
渇望は美しい。
叫びはうつくしい。

どんなネガティブな要素も素直さというフィルターを通すと何か美しいものへと昇華されていくような。舞台だから描ける、不条理な世界。でも、不条理な世界は確実に存在するのである。理屈ではないから。身体を通して生々しい程の現実。決して起こり得ない不条理の世界なのにリアルな現実と心の奥で交わって、気がつくと涙をこぼしていたりする。

このヨーロッパの大陸の感性は日本人の私には到底理解できないものであるように思う。でも、違う表現だからこそ、その違いを通して、より深く心に伝わってくるというものがあるように思う。

心が叫ぶ「私と踊って」日本の現実に住んでいる私には到底できない表現。できないけど、叫びたい気持ちにはかわりがないのだとなんだか勝手に納得した。

2010/6
6

朝の教えが終わり、今日は体力もあるしこのままレッスンにでも行くかー!と経堂から自転車を走らせて、新宿方面に向かっていたところ「損保ジャパン東郷青児美術館」のユトリロ展が目にはいり、何となくレッスンに行くのをやめて美術館にフラフラと足を運んでしまいました。特にユトリロが好きというわけではないし、正直教科書とかそのたぐいの本で少し観た事がある程度の知識しかありませんでしたが、何となく急に足を運びたくなったのです。

ユトリロはパリ生まれのパリ育ち。洗濯女の私生児として生まれ、酒に溺れ、治療のために絵を描きはじめる。才能があったので、絵が売れはじめるがそこに母親と義父(ユトリロより3つ下)が、寄生してくる。2人の金づるなわけである。監禁状態で絵を描き続けて51歳で63歳のリュシーと結婚。またまた、監禁状態で71歳の死まで絵を描き続ける。

何じゃこりゃ?というぐらい孤独で不幸な人生なのだ。と現代に生きる私は思ってしまう。でも、ユトリロは多分ゴッホやフロリダカーロのように気が狂ったりはしていなかったのだと思う。ひたすら孤独に耐え、理想の母親。(ジャンヌダルクやマリア様?)に思いを馳せ、ひたすら自分の理想の家族(彼の絵は風景画。街並みというよりは家と二人組のカップルと1人の誰か)という構成が殆どだ。晩年は閉じ込められた中で写真や自分の昔の絵を、みながら描いたというからひたすら心の風景を描いたのではないかと、勝手に想像した。構図や手法などには、全く変化が観てとれなかった。ずっと孤独の風景の中で誰とも心交わる事なく生涯を終えたのだ。

なんちゅう孤独の画家。

とはいえ、絵の才能があったから、本人の無意識のところで社会と繋がっていられたし、こうして現代にもその功績を残しているけれども、なんの才能もなく飲んだくれて、誰とも交わる事なく社会から忘れられていく人って多分たくさんいるんだろうなあと新宿の中央公園の近くのcafeで、ポツンと考えた。

2008/5
26

今日は京橋へ「北村さゆり」さんの展覧会へ行った。本人に合えるとは思っていなかったので、なんか手ぶらで行ってしまって申し訳なかったような気もするが、まあいい。久しぶりに会ったが、とても元気そうで波に乗っている様子にこちらも元気をもらえる。

今回の展覧会は小説や新聞の挿絵を集めた展覧会。原画が色つきでならんでいたりして、印刷物とはまた違う感じで楽しめるのがいい。彼女は日本画家なのだが、絵画のほうでは花の絵や風景画を多く描いていたような気がする。それだけに今回の挿絵の展覧会は今までとは一風違った感じで楽しくみれる。小説の挿絵だったりするので、人物が多く出てくる。その人物の顔がどれも性格がかいまみえるような感じがしておもしろい。ほんのちょっとのことなのだろうけれど、顔から人間像が見えてくるようで、私は楽しく観させてもらった。

展覧会は6月7日まで西邑画廊で開催しています。
画家北村さゆりさんのHPはこちら
(興味のある方は覗いてみてください。)

夕方からは数年ぶりに東中野の整骨院に行きました。私が年をとっているんだから先生も年をとっているはずだが、いや~お元気そうでなによりです。そして、黄金のフィンガーも健在でした。明日モミ返しがきそうなくらい揉んでいただきました。体もすっきりしたし。6月は4日からルーマニアに行きます。体調整えてまた頑張ろう。

2007/9
15

上野の森美術館で奥田純子のパフォーマンスを見てきた。彼女の長くすらりとした四肢と美術館の大きな空間はとてもマッチしていたと思う。絵画の中でのパフォーマンス。生演奏もついてちょっと贅沢な時間を味わった。

会場で久しぶりな友人にあった。もう何年か前に一緒の舞台で共演したことがあるが、それ以来なかなか会う機会がなかった。お茶でもしましょうという話になり、上野の町に繰り出す。2人でこうして話をするのは実は初めて。歳が近いせいか、なんか気兼ねなくすらすら話せるのは不思議な感じだ。なんだろうなあ。同じ時代の空気を吸っていたからだろうか…。
彼女は今コンテンポラリーから転進(?)してhip hopをやっているらしい。この歳で新しいことに挑戦していくなんざあ「すごい!」と思う。時間があれば私もやってみたいと思うがなかなかどうして、ダンスなんて一回ぐらいやって身につくものではないし。やっぱまとまった時間がとれないと新しいものに手をだすのはな…。とついついしり込みしてしまう。

なんか久しぶりにしっかり話しをした。もちろん毎日誰かしらとは会話をしているが、じっくりいろいろなことを話す機会というのはありそうでない。ああ、なんだか今日は充実している気がする…。