昨日シアタートラムで黒沢美香さんと木佐貫邦子さんの「約束の船」を観に行きました。
何もない舞台に容姿の違う2人のダンサーがたんたんと身体のみによって女の50年というかダンサーの50年というか、半世紀をつづった作品です。特に立派なオブジェもストーリーを説明するような音楽も奇抜な演出もなにもない。
ダンサーの身体がすべての舞台でした。これは一見簡単そうですが、こんな、なにもないところに歴史をつむぎだすのは容易なことではないということをダンサーである私は知っています。そうです。身体に輝きと説得力がなければただの単調でつまらない舞台になってしまうはずです。
2人とも50歳だというのにもちろん身体はばりばりに動きます。鍛え抜かれた身体はそれだけで、時の重さ、長さを感じさせます。そして一つ一つの動きに説得力がある。そんなところに「ああ、彼女たちは確実に50年の時を生きてきたのだ」ということを思わせます。ダンサーの人生はある意味単調で、ある意味劇的です。苦しいときも楽しい時も恋するときも誰かの死に立ち会うときでも、日々訓練という日課をこなしていくものです。踊り続けてきた結果がただ舞台にのるだけなのです。
そんな劇的で単調で複雑で単純なことがダンサーの仕事なのです。いうのは簡単。でもこれを50歳までやり続けてきた。やり続けてこれたということはまれな存在です。踊り屋の運命を受け入れた潔さ。人間の強さ。生き続けることの大切さ。そんなことが私の頭につぎつぎと浮かんでは消えました。なぜか涙がぽろぽろとこぼれてきました。
こんなすばらしい先達のいる時代に生まれ、そんな表現を観ることができた私は幸せだと思いました。そして、なぜかはわかりませんが、「ああ、私はまだ運命に踊れといわれている」と確信したのでした。
そうさ!さっちゃん!
踊れ踊れ!!!
いい日記読ませてもらいました。
ありがとう!
うん。本当に良かった。チラシの中で黒沢さんが「長く踊ってきたことにたいした意味はなく、いかに臨むかだけだ」というようなことを言っていましたが。なんかこう身が引き締まる思いがしました。常に、いかに臨むかだよね。。。うんうん…。